An Eerie Look Inside Japan’s Nuclear Exclusion Zone | National Geographic
この地震の日が1日なければ今の自分はここに住んでいたけど、この1日があったがためにだからこの日というのは2005年6年後に原発事故に会いました。ローンが残ってました。うん、破滅5年前のカレンダーそのままです。3月11日からずっと置きっぱなしめくってない。
そのまま一見こう見ると何もなかったかのように見えるけど、これは食器とか妻の家は図の店だったり道具で持ってきた湿だけど一回も使ってない。持ってけない口に入れるもんだから、誇りでカビが生えてちょっと臭い。冷蔵庫もそのまま腐ってる。
何が生まれてこう踏みしめてきた土、そういったものがまさにアイデンティティがそこに詰め込まれている。もう浴びてしまったんだなって感じ。ただ匂いも何もないので痛いとか痒いとかあればいいんですけど、そういったことが全くないんで。
脱原発の先に私は各廃絶があります。やはりその拡散ということで、やはり原子力及びその戦争に対してやっぱり核というのは全て一瞬にして滅びる。やっぱり関係のない町民の人たちも一瞬にして全てを奪われるという意味では同じだからです。あ、どうすることもできない人間の無力さを感じます。
何もできない放射能には対して自分は何もできない。その決められた制限がある。持ち出すこともなんか汚染されてるから使う気にならない。私たちは捉えなかったら多分次の台は時代はないだろうなっていう風に思います。
これはもう界の人たちにこれをまた見て、しっかり次の一手を考えなきゃいけないことだと思います。